古谷館八幡神社ブログ

大イチョウ、復活

DSC_0850DSC_0848昨日10月2日、強風で境内に散乱した枝や落ち葉を後片付けしていた宮司が「ぎんなんだ!ぎんなんだ!」と言いながら、すごい勢いで社務所に飛び込んできました。何事かと思ったら、ぎんなんの付いたイチョウの枝が落ちていたということでした。実は境内にある大イチョウ、平成14年の奇しくも10月2日の台風で大きな枝が折れ、危険になったために木の芯を詰めて、枝をほとんど切り落としたのでした。以来、裸同然になった木からは、ぎんなんは一度もならなかったのです。それまでは毎年たくさんの実をならし、近所の人がぎんなん拾いをしたものでした。

10年以上の月日がたち、枝が沢山伸びて葉が再び生い茂るようになりましたが、これまで実は一度もなることはありませんでした。ところが、何とちょうど13年目の10月2日に、新たなぎんなんを発見したのです。あたかもイチョウの木が復活宣言をしたかのようです。まだあるかもと、目を凝らしてぎんなんの実を探しましたが、見つかりませんでした。やはりこれは私たちに復活を教えてくれたんだと思えてなりません。この枝を大事にお供えしました。

カテゴリー: 今日の一コマ | コメントをどうぞ

お名月さん

meigetu今日は旧暦8月15日、中秋の名月です。久々に美しい満月が見られました。そして今日は八幡様のご縁日でもあります。秋の実りの数々を八幡様に、そしてお月様にお供えして拝みました。昨日早稲谷から奉納された松茸、そして今日奉納された気仙沼第1号の新米もお供えしました。その他海の幸、山の幸もろもろを献膳して、収穫を神様に報告し感謝する日です。最近はハロウィンが流行のようですが、こちらは言わば西洋の収穫祭。かぼちゃを祭るのもいいですが、すすきと萩を供えて、

献膳

献膳

月見酒と秋の実りを頂くのは格別です。

見事な松茸

見事な松茸

カテゴリー: 今日の一コマ | 4件のコメント

秋刀魚のお返し、その2

DSC_0825秋刀魚のお返しに、今度は滋賀県の熊谷さんーこの方は近江の熊谷一族の方ですーからお米が送られてきました。ご自身で作っておられる米だそうです。あちらでも長雨の影響で例年(9月初め)より稲刈りが遅れたとのこと。でも幸いお米の収穫に影響はなかったそうです。

気仙沼でも、そろそろ稲刈りでしょうか。一足早くさっそく新米を頂きました。

カテゴリー: 今日の一コマ | コメントをどうぞ

秋刀魚の便り

DSC_08123年前の熊谷歌舞伎以来、毎年歌舞伎でお世話になった熊谷市の方たちに秋刀魚を送っています。今年は「大」サイズがなかなか上がらず心配しましたが、旧知のなべちゃんという仲買さんが苦労して集めてくれて、無事送ることができました。(写真の秋刀魚はある店の店頭で見た中~大サイズの秋刀魚です。)家族やご近所で分け合って、毎年この時期は熊谷市のあちこちで秋刀魚を焼くにおいが漂っているはずです。「秋刀魚がこんなにおいしいものとは知らなかった」とか「夏の疲れが秋刀魚を食べると治る!」(熊谷の暑さは、はんぱではありませんものね)などと嬉しい便りが返ってきます。DSC_0810秋刀魚のお礼にと、律儀にも熊谷名物のお菓子や直実というお酒などなど…もお返しに送られてきました。

秋刀魚を通しての交流が、「目黒のさんま」のように大がかりではありませんが、続いています。その意味でも、大きなピカピカの秋刀魚が、今年のように手に入りにくくなると困ります。

カテゴリー: 今日の一コマ | コメントをどうぞ

ツールド東北を応援

IMG_1933tu-rudo東日本大震災で被災した沿岸(石巻~気仙沼)を自転車で走って応援する「ツールド東北」に参加するライダーたちが、復路で八幡様の表参道前の東浜街道を走り抜けていきました。

足の悪い私に代わって写真を撮るために、参道の階段を下りて一人応援の旗を振っているうちのお嫁さんに「ご苦労様です」と声をかけてくれるライダーもいました。被災地を応援するために走る人を、応援されている私たちが応援する、そんな関係が一瞬の交流にも温かなものを感じさせてくれました。

カテゴリー: 今日の一コマ | 2件のコメント

震災から4年半

今日で震災から4年半です。折しも大雨特別警報が今朝方発令されました。 茨城や栃木、そして宮城県でも大雨によって川が氾濫し、濁流や土砂が家を押し流したり、床上浸水による被害を受けたりしました。あたかもあの津波を彷彿とさせるようなテレビの映像に息をのみました。境内からの眺めも、雨に煙り、水害に翻弄される日本の行く末を憂えているようです。温暖化だけでも、原因を作った人間たちの手で何とか手をうたなければ、異常気象は今後も私たちに牙をむくのではないか、そんな不安を抱いた4年半目の日となりました。DSC_0808

 

カテゴリー: 今日の一コマ | 3件のコメント

寺子屋アジール バーベキュー

DSC_0795DSC_0805昨日、寺子屋アジール恒例のバーベキュー大会をしました。毎年夏期講習の打ち上げで行うのですが、私の足がまだ復活できずに延び延びになっていたのでした。このバーベキューでは、焼肉を食べるほかに、スイカ割、花火、肝試しなどを毎年行います。スイカがどこの店でも8月で終わったそうで手に入らず、今年はスイカ割はできませんでした。

でも花火と肝試しは大盛況。子供たちの歓声と叫び?が日の入りの早まった9月の夜空に響き渡りました。ご近所も毎年のことと温かく黙認して頂き、感謝です。

カテゴリー: 今日の一コマ | 2件のコメント

ふくしま未来神楽を観て

DSC_0782DSC_0785DSC_0786

 

 

8月21日から23日の3日間にわたって行われたイベント「未来の祀りふくしま」の最終日、「神楽を巡って」シンポジウムと「ふくしま未来神楽」の奉納を観にいってきました。

シンポジウムでは伝統的な神楽の意味と、福島で新しい神楽を作ることの意味などが話し合われました。その中で出席者の一人である宗教学者、鎌田東二さんが「みそぎをする海や川が放射性物質に侵された水によって汚されてしまった。みそぎをすべき場を失った福島で新たな祓い言葉、お神楽を創らなければならないのではないか。」と言われた言葉が印象的でした。

それを受けて福島出身の詩人、和合亮一さんが中心になって創作された未来神楽が、夕方から福島稲荷神社で奉納、発表されました。「震災の現実を伝え、鎮魂と再生の祈りを込め、伝承していく全く新しい表現としての現代の神楽」を目指した未来神楽は、伝統的な大和言葉ではなく、現代の言葉で演じられました。阿武隈川の化身である龍がたくさんの流れ込んだ黒い水や土によって、苦しみながら龍の子をもたらします。それは怒りと悲しみに満ちた鬼に姿を変え、あの日に亡くなった人々と生き残った人々両方を伴いながら福島の大地をさかんに踏みしめます。大地を踏みしめ鎮めるお神楽の反閇と笹の葉と祓い言葉、そして人々の営みが続き、やがて汚れた黒いものを母なる龍が呑み込み、亡くなった人々を背に乗せて天に昇っていく…という物語でした。

津波と放射能、二重の苦難に見舞われたこの福島で、この物語が今後も何度となく演じられていくうちに、少しずつ余分なものがそぎ落とされ、あるいは新たに付け加えられたりしながら伝統的なお神楽の一つになるとき、その時、福島は、そして私たちの町は、日本は、どうなっているのでしょうか。一つ言えることは、福島の未来は私たちの未来でもあるということです。

カテゴリー: 今日の一コマ | コメントをどうぞ

惜敗 よく頑張りました

昨日、大会11日目、花巻東高校と仙台育英の第3回戦が行われました。東北勢同士の戦いということで、会う人会う人どちらを応援するか?と話題になりましたが、松岩出身対仙台では、やはり地元の星南君がいる花巻を応援しようということでした。

星南君は4回にホームランを打つ大活躍。しかし結果は3対4で惜しくも敗退しました。花巻には大船渡、気仙沼など震災で被災した沿岸部の部員も多くいるとのこと。だからこそ勝たせてやりたかったという監督のコメントにはうるっときてしまいました。こうなったら今度は育英にぜひ頑張ってもらはなくては。そして星南君には来年もまた、私たちを熱くさせて欲しいと思います。来年はご親類みんなで応援団を作って甲子園に行きたいな。

カテゴリー: 今日の一コマ | コメントをどうぞ

終戦から70年、平和への祈り

!cid_E6240A4E-FE39-4A34-9783-43D66AD1D93F!cid_79E1B4F7-5871-4B6D-AE4E-413DD691DA64終戦70年目の8月15日です。八幡様の境内には古くは西南の役から太平洋戦争終結までの間に戦死した、松岩出身の258名の方の名を刻んだ忠魂碑が海を背に建てられています。八甲田雪中行軍や広島の原爆で亡くなった方、南方の国で亡くなった方など、最後の地も、逝き方も様々です。中には遺骨が戻らなかった方もいると聞きます。しかし生まれたこの故郷に御霊としてもどり、願わくば故郷を見守りたまえと松岩村尚武会が大正6年に建立したものです。その後戦争による犠牲者が生まれるたびに名前が刻まれてきましたが、第2次大戦後は新たに刻まれることがなく、現在に至っています。多くの犠牲者を出した第2次大戦の反省により、再びこの碑に犠牲者の名を刻むことのないよう不戦の誓いを刻む平和の碑として人々は祈りをささげてきました。

震災前は8月15日に遺族会と英霊顕彰会の方々が集まって慰霊祭を行ってきました。しかし遺族の高齢化、真夏のお盆の日であること等々、諸般の事情により英霊招魂祭自体は6月に行われ、この日に慰霊祭を行うことはなくなりました。

会主催のお祭りはなくなりましたが、終戦記念日には、戦争の犠牲になられた御霊を慰霊し、平和を祈るために宮司は毎年慰霊祭を続けています。今日は戦没者遺族の熊谷家ご親類が代表して慰霊祭に参列し、続けて参集殿で行われる熊谷家合同祖霊祭に参集した全員で12時のサイレンとともに黙とうをささげました。

カテゴリー: 今日の一コマ | 2件のコメント