トイレに引き続き、児童遊園の遊具も撤去されました。地面に埋め込まれた部分は後日撤去するのだそうです。危なくないように布を巻いて応急処置をしてあります。
八幡様の七不思議のひとつ(後の六つは知りませんが…)「神社なのになぜ滑り台やブランコがあるの?」と、必ず地域学習に訪れた小学生に質問されたものでした。子供たちが思い切り遊べる公園が、早く尾崎、片浜の地区にできることを願っています。
お天気に恵まれ、おかげさまで今年の八幡様の例大祭も無事終了しました。
前夜祭では、鏡板の松を背景に「叢雲」というお神楽が気仙沼の神主さんたちによってはじめに奉納されました。ご存じ「ヤマタノオロチ退治」のお話で、大蛇切りの場面は真剣が使われており、迫力満点でした。
翌日の神輿渡御祭には氏子の皆さんに加えて、復興工事に携わる工事関係の方たちも神輿を担ぐ「お六尺」に加わり、総勢70名以上の大行列を組んで松岩の各部落を巡りました。神様は神輿に乗ってわっしょいわっしょいと振られることで、エネルギーを再生されるのだそうです。運動会などで「フレー、フレー」と旗を振る応援も、この神輿を振ることからきているのだとか。大勢の手で担がれ振られた八幡様の神様の神力は、ますます強まったことでしょう!
昨年完成した舞殿。しかし舞台の背面には、よく能舞台にある「鏡板の松」がまだありませんでした。松くい虫にやられてしまった古谷館二の丸のシンボルツリーだった松の木を、ぜひこの舞殿の鏡板の松として復活させたい。また、松崎という地名を持つこの地の再生と復興を祈りたい。そんな宮司の切なる願いに応えてくれたのは、ハウスみかえるの社長夫人畠山貴理子さんと彼女の母校「九州造形短期大学」の学生さんたちでした。
気仙沼から数百キロも離れた九州のキャンパスで、「古谷館八幡神社松の絵プロジェクト」が立ち上げられ、大勢の学生さん、同窓会、地元の業者さんたちの手で気仙沼の松の写真をモデルにした松の絵が杉の板に描かれ(運搬の都合上、絵は20枚の板に分けられて描かれました)、はるばる送られてきたのでした。
それらの絵は、この舞殿を作った棟梁たちの手で見事に舞台の上に再生されました。力強い生命力に満ちた松の絵は、舞殿に新たな命を吹き込みました。来る17日の前夜祭にはこの松の絵もお披露目されます。どうぞお楽しみに。
そして九州造形短期大学の関係者の皆様、貴理子さん、ハウスみかえるさん、本当にありがとうございました。
九州からでは遠いですが、いつの日かどうぞ、この松の木に会いに来てください。お待ちしています。
取り付け準備
昨日10月2日、強風で境内に散乱した枝や落ち葉を後片付けしていた宮司が「ぎんなんだ!ぎんなんだ!」と言いながら、すごい勢いで社務所に飛び込んできました。何事かと思ったら、ぎんなんの付いたイチョウの枝が落ちていたということでした。実は境内にある大イチョウ、平成14年の奇しくも10月2日の台風で大きな枝が折れ、危険になったために木の芯を詰めて、枝をほとんど切り落としたのでした。以来、裸同然になった木からは、ぎんなんは一度もならなかったのです。それまでは毎年たくさんの実をならし、近所の人がぎんなん拾いをしたものでした。
10年以上の月日がたち、枝が沢山伸びて葉が再び生い茂るようになりましたが、これまで実は一度もなることはありませんでした。ところが、何とちょうど13年目の10月2日に、新たなぎんなんを発見したのです。あたかもイチョウの木が復活宣言をしたかのようです。まだあるかもと、目を凝らしてぎんなんの実を探しましたが、見つかりませんでした。やはりこれは私たちに復活を教えてくれたんだと思えてなりません。この枝を大事にお供えしました。
3年前の熊谷歌舞伎以来、毎年歌舞伎でお世話になった熊谷市の方たちに秋刀魚を送っています。今年は「大」サイズがなかなか上がらず心配しましたが、旧知のなべちゃんという仲買さんが苦労して集めてくれて、無事送ることができました。(写真の秋刀魚はある店の店頭で見た中~大サイズの秋刀魚です。)家族やご近所で分け合って、毎年この時期は熊谷市のあちこちで秋刀魚を焼くにおいが漂っているはずです。「秋刀魚がこんなにおいしいものとは知らなかった」とか「夏の疲れが秋刀魚を食べると治る!」(熊谷の暑さは、はんぱではありませんものね)などと嬉しい便りが返ってきます。
秋刀魚のお礼にと、律儀にも熊谷名物のお菓子や直実というお酒などなど…もお返しに送られてきました。
秋刀魚を通しての交流が、「目黒のさんま」のように大がかりではありませんが、続いています。その意味でも、大きなピカピカの秋刀魚が、今年のように手に入りにくくなると困ります。