今日は、おかしな天気でした。晴れたり、突然時雨が降ったり。でも、そのおかげでいいものが見られました。
虹です。大島の上に大きな虹がかかりました。思わず頭に浮かんだ歌が、タイトルの曲でした。古くてすみません。

昨年完成した舞殿。しかし舞台の背面には、よく能舞台にある「鏡板の松」がまだありませんでした。松くい虫にやられてしまった古谷館二の丸のシンボルツリーだった松の木を、ぜひこの舞殿の鏡板の松として復活させたい。また、松崎という地名を持つこの地の再生と復興を祈りたい。そんな宮司の切なる願いに応えてくれたのは、ハウスみかえるの社長夫人畠山貴理子さんと彼女の母校「九州造形短期大学」の学生さんたちでした。
気仙沼から数百キロも離れた九州のキャンパスで、「古谷館八幡神社松の絵プロジェクト」が立ち上げられ、大勢の学生さん、同窓会、地元の業者さんたちの手で気仙沼の松の写真をモデルにした松の絵が杉の板に描かれ(運搬の都合上、絵は20枚の板に分けられて描かれました)、はるばる送られてきたのでした。
それらの絵は、この舞殿を作った棟梁たちの手で見事に舞台の上に再生されました。力強い生命力に満ちた松の絵は、舞殿に新たな命を吹き込みました。来る17日の前夜祭にはこの松の絵もお披露目されます。どうぞお楽しみに。
そして九州造形短期大学の関係者の皆様、貴理子さん、ハウスみかえるさん、本当にありがとうございました。
九州からでは遠いですが、いつの日かどうぞ、この松の木に会いに来てください。お待ちしています。

取り付け準備

昨日10月2日、強風で境内に散乱した枝や落ち葉を後片付けしていた宮司が「ぎんなんだ!ぎんなんだ!」と言いながら、すごい勢いで社務所に飛び込んできました。何事かと思ったら、ぎんなんの付いたイチョウの枝が落ちていたということでした。実は境内にある大イチョウ、平成14年の奇しくも10月2日の台風で大きな枝が折れ、危険になったために木の芯を詰めて、枝をほとんど切り落としたのでした。以来、裸同然になった木からは、ぎんなんは一度もならなかったのです。それまでは毎年たくさんの実をならし、近所の人がぎんなん拾いをしたものでした。
10年以上の月日がたち、枝が沢山伸びて葉が再び生い茂るようになりましたが、これまで実は一度もなることはありませんでした。ところが、何とちょうど13年目の10月2日に、新たなぎんなんを発見したのです。あたかもイチョウの木が復活宣言をしたかのようです。まだあるかもと、目を凝らしてぎんなんの実を探しましたが、見つかりませんでした。やはりこれは私たちに復活を教えてくれたんだと思えてなりません。この枝を大事にお供えしました。
3年前の熊谷歌舞伎以来、毎年歌舞伎でお世話になった熊谷市の方たちに秋刀魚を送っています。今年は「大」サイズがなかなか上がらず心配しましたが、旧知のなべちゃんという仲買さんが苦労して集めてくれて、無事送ることができました。(写真の秋刀魚はある店の店頭で見た中~大サイズの秋刀魚です。)家族やご近所で分け合って、毎年この時期は熊谷市のあちこちで秋刀魚を焼くにおいが漂っているはずです。「秋刀魚がこんなにおいしいものとは知らなかった」とか「夏の疲れが秋刀魚を食べると治る!」(熊谷の暑さは、はんぱではありませんものね)などと嬉しい便りが返ってきます。
秋刀魚のお礼にと、律儀にも熊谷名物のお菓子や直実というお酒などなど…もお返しに送られてきました。
秋刀魚を通しての交流が、「目黒のさんま」のように大がかりではありませんが、続いています。その意味でも、大きなピカピカの秋刀魚が、今年のように手に入りにくくなると困ります。
8月21日から23日の3日間にわたって行われたイベント「未来の祀りふくしま」の最終日、「神楽を巡って」シンポジウムと「ふくしま未来神楽」の奉納を観にいってきました。
シンポジウムでは伝統的な神楽の意味と、福島で新しい神楽を作ることの意味などが話し合われました。その中で出席者の一人である宗教学者、鎌田東二さんが「みそぎをする海や川が放射性物質に侵された水によって汚されてしまった。みそぎをすべき場を失った福島で新たな祓い言葉、お神楽を創らなければならないのではないか。」と言われた言葉が印象的でした。
それを受けて福島出身の詩人、和合亮一さんが中心になって創作された未来神楽が、夕方から福島稲荷神社で奉納、発表されました。「震災の現実を伝え、鎮魂と再生の祈りを込め、伝承していく全く新しい表現としての現代の神楽」を目指した未来神楽は、伝統的な大和言葉ではなく、現代の言葉で演じられました。阿武隈川の化身である龍がたくさんの流れ込んだ黒い水や土によって、苦しみながら龍の子をもたらします。それは怒りと悲しみに満ちた鬼に姿を変え、あの日に亡くなった人々と生き残った人々両方を伴いながら福島の大地をさかんに踏みしめます。大地を踏みしめ鎮めるお神楽の反閇と笹の葉と祓い言葉、そして人々の営みが続き、やがて汚れた黒いものを母なる龍が呑み込み、亡くなった人々を背に乗せて天に昇っていく…という物語でした。
津波と放射能、二重の苦難に見舞われたこの福島で、この物語が今後も何度となく演じられていくうちに、少しずつ余分なものがそぎ落とされ、あるいは新たに付け加えられたりしながら伝統的なお神楽の一つになるとき、その時、福島は、そして私たちの町は、日本は、どうなっているのでしょうか。一つ言えることは、福島の未来は私たちの未来でもあるということです。