
今日は秋分の日。毎年23日が秋分の日だとばかり思っていたのですが、昼と夜の長さがほぼ同じになる春分、秋分の日は太陽と地球の位置関係で決まるので、9月22日だったり、24日だったりすることもあるそうです。今年のように22日が秋分の日になるのは、実に116年ぶりだというから驚きです。また、秋分の日は、お彼岸の中日ですね。お彼岸になると必ず咲く彼岸花が今年も真っ赤に咲きました。昨年より咲く場所が微妙に移動しているな?と思いながらも、ちゃんと咲いてくれたので、なぜかほっとしました。さっそく慰霊碑にもお供えしました。
珍しい秋分の日に
お名月さん
震災から5年6か月
今日で震災から5年半です。5年前の自分の写真を見ると、ずいぶん老けたなあ、やっぱり5年の変化は大きいと実感?します。境内から望む風景も、それなりに変わってきました。面瀬川の堤防工事で土がうず高く盛られ、下のほうからは海が見えなくなりました。八幡様の階段下では、道路のかさ上げ工事が行われています。なのに「復興」を実感できないのは、目の前の片浜地区の土地利用が、はっきりしたプランが全然示されないまま、この5年半の間、ずっと変わらず殺風景な土の山であり続けているからかもしれません。 震災当時とほとんど変わらないこの風景は復興の遅れを象徴しているように思え、人だけが容赦なく年を重ねていくような無力感に襲われてしまいます。
唯一明るい景色は、三陸道の工事が目に見えてきたことと集団移転地にどんどん新しい家が建ってきていることです。昨日より今日、今日より明日、確かに年は取りますが、新しい営みも確実に始まっているのですね。気を取り直して、前向きに行きましょう。

台風9号の爪痕
神社の夏仕事
道場の虫干し
八幡様と本宅の間には、道場があります。かつてここでご先祖が寺子屋をしたり(寺子屋アジールの名前の由来はここからきてます。)、ごまを焚いて御祈祷をしていた修験道場です。今は昔の道具やら古文書、ちょっと昔?のものなどもしまっています。梅雨の晴れ間には、土用干しをして空気を入れ替えています。先日「八幡宮」と彫られた板(扁額)を見つけました。向かい鳩の形がはっきりわかるように彫られていて、やはり鳩がシンボルであったことが分かります。昔のお宮にかけられていたものでしょうか。裏には「文久元年八月吉日 藤原盛房書」と記されていました。宮司によると藤原というのは鮎貝さんのことだそうで、当時の領主鮎貝家から奉納されたものだということです。他にも江戸より古いのではと思われるものもあり、遠い昔にちょっぴりタイムスリップする楽しさを味わいました。宮司は残された古文書の解読に挑戦中です。
いざ発掘!
御朱印 新たに
最後の招魂祭
古くは明治時代の西南の役から先の太平洋戦争までの139年間に戦死した松岩地区の戦死者250名の御柱を祭る忠魂碑の前で、今日「招魂祭」が行われました。日本各地はもとよりサイパンやシベリアなど、故郷を遠く離れて亡くなった方たちの名前が刻まれた忠魂碑。幸いにも71年間、新たに名前が刻まれることなく時が経ちました。それは残された遺族、地域の人たちが毎年忘れることなく慰霊の儀式を行い、平和への誓いを新たにし続けてきた努力のたまもの言えます。
しかし、遺族の高齢化が進み、震災後の劇的な故郷の変動に伴い、今年がこのような形での招魂祭が行われる最後となりました。神主さんとお坊さんが一堂に会して行ってきたこのようなお祭りも、もうあまり見ることはできなくなりますね。
それでも、8月15日の終戦記念日には、宮司が慰霊と平和への祈りを込めてお祭りをします。それだけはこれまでも、そしてこれからも変わりません。





















