自宅前にあった柿(渋柿)の木を、参道を整備するために切ってからずいぶん経ちました。宮司も年を取ってきた証拠でしょうか?、その柿木を偲んで2,3年前に駐車場のわきに柿の苗木を植えたのでした。やっと1メートルほどの高さになった今年、初めて柿の実が13個実りました。先日実をとって、「確か富有柿だったと思う。」という宮司の言葉を信じて、恐る恐る食べてみると…確かに甘がきでした。木に見合った小さな実ですが、食べる時もなんだかいとおしく、味も格別な気がします。
祭りを支える人(最終回)
お祭りが終わってずいぶん経ってしまいましたが、最後にお神輿渡御一行を簡単に紹介させていただいてこのシリーズを終了します。まだまだお祭りを支える役割を担う方々はいますが、それはまた次の機会ということでお許しください。
続 祭りを支える人 帰輿
小屋館城跡発掘調査現地説明会
昨日、この7月から始まった発掘調査の現地説明会が県の教育委員会主催で行われました。お天気に恵まれ、70名ほどの参加があったということでした。中世の小屋館(古谷館)城の空堀跡の
見学、そこから発掘された馬の骨や人の歯、陶磁器、茶臼、飛礫の展示なども行われました。現在の八幡神社があるところと今回発掘された場所には、どうも同じくらいの大きさの中世の城が並列していたのではないか、それ全体が小屋館城の縄張りとみられ、それはおそらく熊谷氏の同族、ないし親子、兄弟などの関係で協力してこの地域を治めていたのではないかということでした。堀は何重にもめぐらされており、強固に守られていたこと。また武器として使ったとみられる飛礫が420個以上も見つかったということでした。中世の歴史へのロマンと、ご先祖様たちがどのように生きていたのかという興味を大いに掻き立てられるものでした。これまで、よく分からなかった城の全容が少しずつ明らかになってきて、今後の発掘も楽しみです。
祭りを支える人 最終御旗場(尾崎漁港)
祭りを支える人 御旗場で(片浜 煙雲館)
片浜の煙雲館です。震災前は、片浜の御旗場は東光館でしたが、流されてしまいました。煙雲館には、その昔八幡様のお神輿がおかれた神輿台の石が残っています。江戸期、八幡神社が鮎貝家の祈願所であったという関係を物語るもので、この震災を機に鮎貝家に神輿が立ち寄るという伝統が復活したのでした。庭先では片浜(元片浜も)の婦人たちが神輿を迎えるお世話をしてくれています。
祭りを支える人 御旗場で(前浜・母体田)
祭りを支える人 御旗場で(松五日進会館)
19番目の御旗場、浦田の松五日進会館は午後の休憩場所になっています。座って休む場は、ここが午後最後、今日何度目かの味噌汁ですが、御旗場御旗場、それぞれの伝統の味、おいしさがあります。アルコールと汗で奪われた塩分と水分補強という理にかなったごちそうなんだなあと改めて思います。















































